庵野秀明の若い頃は何してた?大学についても【宇宙戦艦ヤマト√2199】
2026年10月6日、『宇宙戦艦ヤマト』の52周年記念日に、劇場長編アニメーション『宇宙戦艦ヤマト√2199(ルート2199)』の制作が発表されました。
製作総指揮・監督を務めるのは庵野秀明さん、共同監督は出渕裕さんです。
『宇宙戦艦ヤマト』といえば、庵野秀明さんが若い頃から大きな影響を受けてきた作品としても知られています。
そこで今回は、庵野秀明さんの若い頃や大学時代について調べました。
この記事を読んでサクッとチェックしてみましょう!
庵野秀明の若い頃何してた?

結論からいうと、
庵野秀明さんは若い頃から漫画やアニメ、特撮などに夢中になり、高校時代から映像制作を始めていました。
庵野秀明さんは、1960年5月22日に山口県宇部市で生まれました。
幼い頃から漫画やアニメ、特撮などに興味を持ち、絵を描くことも好きだったと、本人の公式プロフィールで紹介されています。
中学時代には美術部に所属し、漫画や油絵などを描いていました。
高校は山口県立宇部高等学校へ進学。
高校時代には漫画やアニメ、特撮に熱中するだけでなく、8ミリフィルムを使った映像制作にも取り組んでいました。
その後、大阪芸術大学へ進学。
大学進学後は自主制作アニメーションに取り組み、プロのアニメ制作にも関わるようになっています。
大学では山賀博之さんや赤井孝美さんらと出会い、映像作品の制作に取り組んでいたそうです。
大学2回生のときには、
・SFファンのイベント「DAICON III」のオープニングアニメーション制作
・1983年には「DAICON IV」のオープニングアニメーションにも参加
また、大学時代には『超時空要塞マクロス』の制作にも関わるなど、アニメーションの仕事を経験していきました。
庵野さんは『風の谷のナウシカ』で原画を担当。
その後もアニメーション制作の現場で経験を積み、後の監督活動へとつながっていきます。
一方で、自主制作などに忙しくなったことで大学へ通わなくなり、学費を払わないまま放校処分となったことも。
庵野さんは、
と語っています。
そんな庵野さんが、2026年には『宇宙戦艦ヤマト√2199』で製作総指揮・監督を務めることになりました。
若い頃に夢中になった『宇宙戦艦ヤマト』と、長い年月を経て再び深く関わることになったのですね。

庵野秀明の大学はどこ

結論からいうと、
庵野秀明さんが進学した大学は大阪芸術大学です。
当時は映像計画学科に在籍していましたが、卒業はされていません。
庵野秀明さんは1980年、大阪芸術大学の映像計画学科に入学されています。
庵野さんは大学時代、映像制作に熱中。
そこで山賀博之さんや赤井孝美さんらと出会い、仲間たちと自主制作作品を作るようになります。
その活動の中で参加したのが「DAICON III」や「DAICON IV」のオープニングアニメーションなんですよね。
miruru大学に通いながら、すでにアニメーション制作の現場に関わっていたことになりますね。
大学では、学ぶだけでなく、実際に作品を作りながら経験を積んでいたんですね。
若い頃から好きなことに情熱を注ぎ、自分の手で作品を生み出していたことが、現在の庵野秀明さんにつながっているのかもしれません。
しかし、大学は卒業されていないんです。
本人の公式プロフィールによると、自主制作などに忙しくなって大学に通わなくなり、そのまま学費を払わなかったことで放校処分となっています。
ここから本格的にアニメーション業界で活動していくことになります。
そして現在、庵野秀明さんは『宇宙戦艦ヤマト√2199』を手掛けています。
2026年10月6日に発表された同作は、庵野秀明さんが製作総指揮・監督、出渕裕さんが共同監督を務め、Production I.Gとスタジオカラーが初めて共同でアニメーション制作を行う劇場長編アニメーションです。
なお、現時点では公開時期などは決定次第発表される予定ですので、とても楽しみですね!
宇宙戦艦ヤマトの√2199、ルートの意味は?気になる方は、こちらからどうぞ↓↓


まとめ
庵野秀明さんは、若い頃から漫画やアニメ、特撮に夢中になり、高校時代には映像制作を始めていました
大阪芸術大学では仲間たちと自主制作アニメーションに取り組み、そこからアニメーションの世界へ進んでいきます。
そして今、若い頃に大きな影響を受けた『宇宙戦艦ヤマト』の新作『宇宙戦艦ヤマト√2199』を自ら手掛けることになりました。
「好き」を追い続けた先に、現在の庵野秀明さんの歩みがあるのかもしれませんね。







